ぴんぽん、ぴんぽん

ぴんぽん、という音で目がさめた。

パジャマのまま吾輩のもとへやってくることを日課にしていたマリンが、今日は玄関に寄ってからこちらにきた。
片手に見慣れぬものをたずさえ、にやついた声で吾輩を呼ぶ。

マリンは、それがなんであるかを丁寧に説明していたが、吾輩は、その物体から発せられるにおいのほうが、よほど気にかかった。
くんと嗅いだり、歯を立てたりしてみると、マリンがこれは豚毛だよと言った。

ブラシなるそれが、吾輩の背中をなでると、存外気持ちがいい。
満足げなマリンのために、身をまかせておく。

お喋りな人間に付き合ってやること

吾輩はものをしゃべることができる。
吾輩がお喋りなのではなく、人間のものわかりが悪いのである。

今日は、マリンが朝早くに出かけていった。
明日には帰ってくるからと、昨日も聞いたことを話し、名残惜しそうに家を出ていった。

昼寝からさめてもマリンはいなかったが、今日はシンカイがいる。
彼はめずらしく食事を用意したり、トイレをきれいにしたりした。

ヨッピーとマリンはよく話をしているが、ヨッピーとシンカイもずいぶん話をするのだ。
よくしゃべる彼らは、吾輩に向かって「よくしゃべるね」と言うので、反論をこめて鳴いてみる。

ふたり二度寝を

マリンは起き抜けにオーディオの近くへきて、吾輩を呼びながら裏をのぞく。
吾輩はアンプの上を通って、マリンの手のそばへいくことが日課になった。

今朝も、そのまま腕のなかへずり落ちていくと、ずいぶん柔らかな心地である。
寝そべったマリンのもとでくつろいでいると、いつのまにか喉を鳴らすのも忘れて眠ってしまった。

明日はマリンが出かけていくらしい。
明後日には帰ると、誰よりもさみしがりながら、何度も話している。

ワールド・ニャップpart2

吾輩は夜毎、ボールを追いかけている。
ヨッピーとマリンはいつも仕事というものに向かっており、吾輩はそのまわりを駆けるのである。

少し前までは、ヨッピーやマリンの近くにボールが転がると、投げ返されるのを遠くで待った。

しかし彼女らという人間が大したことのない存在であることがわかり、今ではごくそばまで近づいてボールを追いかける。
めんどうな場所や彼女らの足もとに転がったものだけを、吾輩は待ち構えるのである。

昨夜は、ボールを投げ返そうとしたヨッピーがふいに立ち上がり、蹴り返してきた。
先日彼女らが観ていた球追い運動会に、少し似ている。

そして吾輩はそれに応えてやり、ヨッピーはうれしそうにまたボールを蹴る。

上手な眠りかた

吾輩は人間のそばでの眠りかたを知った。
恐怖と警戒を排泄すれば、それでよいのだ。

今日もアンプの上でマリンに撫でられていると、そちらへ身を寄せていくうちに頭から落下した。
そして気がつくと毛布にくるまれ、マリンの腕のなかにいる。

やがてヨッピーも寄ってきて、吾輩のひたいを撫でていた。

布団を前足でもむと爪が引っかかるのを見て、あしたは爪を切ってみようと、ふたりが喋っている。

 

朝や昼、はたまた夕方

吾輩はマリンの手が嫌いではない。

近ごろの吾輩は、専らオーディオの裏で眠る。
オーディオのさらに奥にある本棚の最下段は空っぽで、吾輩が身を置くにぴったりなのである。

朝や昼、はたまた夕方、マリンは目をさましてすぐ、おはようと顔を見せにくる。

吾輩はそんな気分になったときにだけ、アンプの上にのぼって、マリンに顔を寄せるのだ。
すると、床に這いつくばったマリンからたちまち伸びてきた手が、吾輩を撫でるのである。

吾輩を撫でると人間は、すぐに眉をさげて笑う。
吾輩は、人間の幸福に貢献しているのだ。

 

ものの増えていくこと

吾輩のものが増えていく。
ヨッピーとマリンは、吾輩のものを準備することがたいそう楽しいようである。

食器、ランチョンマット、トイレにはじまり、穴や虹色のはね、ボールなど、毎日のように吾輩のものが増えていくのだ。

ヨッピーとマリンがにこにことこちらを見るので今度はなにを手に入れたのかと思っていると、吾輩の食事を保管する容器であった。

彼女らは喜んで笑いかける。
確かに吾輩のものではあるが、吾輩がそれに触れることはないということに気づいていないのだ。

しかし、気の悪いことではない。
そうして吾輩は、彼女らにやさしく鳴いてやるのである。

ワールド・ニャップ

吾輩はボールを持っている。
青、黄、橙、それから青。

夜中は吾輩の時間である。
彼女らはそれを大運動会と呼ぶ。

昨夜、彼女らの観るテレビのなかでも、吾輩のそれとよく似た運動会が行われていた。
ボールを追い、走りまわる人間に、人間が熱狂しているのだ。

しかし、あんなにもの大勢に対してひとつのボールでは、つまらぬ。
人間とか可笑しなものである。

振動と音楽をききながら

吾輩は耳がよい。
そして吾輩の耳は、よい音を迎え入れることを好むのである。

ヨッピーとマリンの家では、音楽がかかり続けている。
ときどき音の大きすぎることもあるが、夜中には近所迷惑だからとやや小さくなる(だが、それよりも窓を閉めるべきであることに気づいていない)。

吾輩がこの家で気に入った場所のひとつは、スピーカーの裏である。
はじめはスピーカーの正面にいたこともあったが、裏では振動が心地よい。

大きな木の裏で、振動と音楽を聴きながらいねむる。
そうしていると、ヨッピーやマリンが食事をもって吾輩を呼びにくるのである。

土曜日の単純構造

吾輩はあたらしい人間を見た。
来客かと思いきや、どうやら以前ここにいた人間のようである。

土曜日の昼下がり、玄関のほうで扉の開閉音が聞こえたので、吾輩の隠れ家へ飛びこむ。

その場所から観察をつづけていると、見たことのない男が部屋へやってきた。
ヨッピーやマリンともずいぶん親しいようである。

やがて男は、ヨッピーの前に腰かけた。
そして毛を刈られながら、鏡ごしにヨッピーと話をしている。

そこへ聞き耳を立てると、男はもともと彼女らと一緒に住んでいたことがあり、今はときどきこうしてやってくるらしい。

これは「散髪」という。
マリンがわざわざ教えにきたのだ。

それから、あの男がマリンの父親だということも教えていった。

人間の世界は、謎めいて見えるものも、案外単純にできている。